若返り推進法

国民思いの首相は、またも新たな法案を政策審議官の私に直接持ちかけてきた。

「若返り推進法というのを思いついたんだ。これできっと国民は幸せになるぞ」

首相は満面の笑みを浮かべながら続けた。

「今は、65歳を超えたら高齢者だよね?年齢で老いを区切っててさ。だけど年齢関係なく若々しい人はいるじゃない。見た目でもそうだし、内面的にもさ」

ひとまずここまでは同意できたため、私は黙ってうなずき、首相がまた口を開くのを待った。

「だから65歳を超えても若々しい人たちには、その心身両面での健やかさを維持していることを評して若返り認定を行いたい。若返り認定された人たちには特典として現金を毎年給付する」

おっと、これはただの思い付きだろうか、あるいは、考えあってのことなのか。私は念のため首相が言う若返り推進法の目的を尋ねた。

「目的は、国民に心身ともに若返りを促すところにある。そうすることで長い目で見れば経済的にも社会的にも長く活躍できる人の割合を増やすことができる。医療費の削減もできるだろうから、財政にも余裕が生まれる。これで国力を相当強化することが可能だと私は見込んでいる」

首相が言いたいことは理解できた。うまくいけば効果は大きいと感じたが、果たしてこれはうまくいくのだろうか。

多くの国民の行動が変わるほどの現金給付額はいくらに設定するのが適切なのか。仮にそれが分かったとしてもこの政策の効果が出て財政的にプラスに作用するまでに何年かかるだろうか、20年はかかるかもしれない。それまでは国庫から給付金額の先出しになるので効果が確認できる前に財政破綻してしまう。

この法案の成否を分ける最重要事項は特典設計だ。いかに財政破綻を招かないように特典を考慮すべきか、私はその重要性を首相に告げたところ、首相が言った。

「全員への現金給付がむずかしいなら、抽選方式にするのはどうかな。例えば、抽選で対象者のうち100名にそれぞれ数百万単位の現金を給付するとか。宝くじや賭け事好きが多い国民性にも合ってると思う。うん、抽選方式がいいね。じゃあ、あとはお願いね」

首相が足早にこの場を去り、私は頭を抱えた。

抽選方式では抽選の透明性が低ければ国民の不信感につながってしまう。その一方で、当選しなくとも国民は若々しさを手に入れることができるのだから国民にとってデメリットはないとも言える。直感的には試してみれば意外とうまくいきそうである。

自然と私の口元は緩んでいた。この法案に胸が高鳴っている自分に気付いてしまった。私は部下に連絡を取り、法案の具体化を指示することにした。

 国民思いの首相若返り推進法」

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